川越市沿革史概要編纂の業は郷土史に深き趣味を有し、 博聞強記の称ある元川越市史編纂委員岸傅平氏によりて脱稿せしを、 茲に印刷に附せられたるは欣快に堪へさる所なり。

抑々市史編纂の企は、昭和二年五月に始まり、当時岸氏を始め、川越図書館司書厚見玉泉、同書記伊藤俊平、同雇員峯岸久治等其の任に膺れり。蓋し川越城主は交替頗る頻繁を極めたりしより、旧記類を始め、史料たるべき物件自然に散逸し、加ふるに寛永十四年、明治二十六年両度の所謂川越二大火に殃せられて、資料大半烏有に帰し、湮滅せしもの尠しとせず。従ひて郷土資料の蒐集は頗る難事たり。幸に川越図書館創立者たる故安部立郎氏、頗る史学に趣味を有し、曾て入間郡誌を編纂し、三芳野名所図絵、其の他の郷土資料を出版せし際、蒐集せられし資料、概ね川越図書館に寄贈しあると、又今次館員諸子の努力によりて蒐集せるものも尠からず。今若し此等の資料を盡く剞?に付せんには、頗る大冊子となるべし。仍りて岸君此等の資料を参考して、極めて概括的に叙述せられしもの、即ち本川越市沿革史概要となす。惟ふに此の篇を繙くもの、本市沿革の大要を会得し、其の稗益する所尠からざるべし。然りと雖も、顧みて本篇は上述せる各種資料と相俟つにあらずんば、焉にか真の精彩を発することを得ん。希くは川越市にありては相当機関を設けられ、且つ経費支弁の途を講じて、更に完全なる市史を編纂せられんことを、一言所思を披陳して巻後に措く。

昭和壬申仲秋
川越図書館長 辻尚邨誌